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レタスになった男 作者:葉山郁
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完結後番外編「奇病とキャベツと緑の目!」上

 たとえば結構唐突な話で恐縮だが、この広い世の中、不幸である奴ってのはけっこうたくさんいると思う。自称でも他称でも人生とかくいろいろあるもんだ。

 昔の俺は全然不幸じゃなかった。兄貴分にお前の気質は幸せに育った奴特有のそれだよ、と言われたことがあるが、おそらくそうだろう。

 ガキのころは何を不安に思うこともなく、ガキらしい夢を描いてぼーっと憧れ、毎日毎日能天気に剣をふんふんふるっていた。たまにやってくる、いっじわるな叔父貴にだけは泣かされたが、まあたいしたことじゃない。

 ガキの頃の夢を抱いたまんま、世間に出てからおやこれはちいと様子が違うぞ、となんなく思ったんだけど、兄貴分や気のいい仲間に囲まれてやっぱりのんきなぼんぼんだったから、ま、気のせいか。で片づけてどこまでも俺はお幸せな頭をしていた。それで――。

 将来有望な騎士見習いとして学院からただ一人選ばれて、とある神殿で行われる儀式に参加することになったとき、あんまり思い出したくないが、俺はやっぱり浮かれてた。夢への階段の一段目に足をかけたのだと思った。それは浮かれた。なにしろ俺は十四歳だったんだから、自分が特別だと言われたとき、舞い上がるには十分な軽さと若さだった。

 んで、そのとき選ばれた理由があとで俺が聖カリスクの子孫だった、ただそれだけのためだったと知るわけだ。

 今から考えると、あの不自然な抜擢は裏があって当然だし、それが理由で俺を選んだ教官たちの気持ちもわかる。やたら神聖な、がついたがあれは結局のところ見世物だったわけだし、政治的な意味もあったから宣伝効果も当然なきゃならなかった。それでもあまっちろい幻想に骨の髄まで浸ってぐずぐずになった十四歳には天地がひっくり返るようなショックだったんだが――。

 たとえば結構唐突な話で恐縮だが、同じ時間軸に年が違う自分が二人存在していなくてよかったと思う。

 まあかーわいそうかなあ、とは一応思う。衝撃の半分以上がそれまで安楽に生きてきたツケだったとは知ってるが。それでも同じ時間軸に十四歳の俺と共に存在していなくてよかったと思う。

 明日のパンがない奴がふらふら彷徨いながらたどり着いた窓辺で、どこかの姫と王子が互いの許されない恋とかもろもろの悲嘆にくれていたら、ぶんなぐりたくなるだろう。感動する奴もいるかもしれんが、俺はひたってんじゃねえよボケっ! と蹴っ飛ばしたくなる。

 たとえば結構とうとつな話で恐縮だが、世の中には不幸である奴なんてたくさんいると思う。それが自称でも他称でもとかく人生いろいろあるもんで、不幸の種は数え切れないほどまかれてる。

 たとえば通りすがりの性悪な魔導師だとか。

 たとえば野原に散らばる羊や牛の群れだとか。

 たとえば笑い上戸の仲間だとか。

 たとえば白い髪に赤い瞳の美少女だとか。

 たとえば。

 たとえば。

 レタスになってナップザックに詰まってる俺だとか。





 梢をかすかに揺らして、木々を抜け、時には枝を踏んでしなりながら、メイスは夜を駆ける。ともかく駆ける。

 メイスは白く細くすんなり伸びた手足を持った、顔の造りまで繊細で華奢な少女だが森を駆け抜けるときに見せる走力、脚力、跳躍力は人類の認識を遥かに超えている。その速さは平地ならとびっきりの駿馬ならなんとか対抗できるだろうが、こういう茂みや傾斜のきつい山腹ではもう敵はない。猿でもびっくりメイスを見送るだろう。

 それでいてメイスは手を使わず、しなやかな二本の足だけでその移動をなしている。外来うさぎというのは平地を水平にぴょんぴょんはねているだけのように思えるが、その気になれば自分の体の五匹分程度の高さは跳躍で飛び越せるらしい。

 うさぎの身長はせいぜい半ガロ(約15cm)だからとびあがってもそうたいした高さではない、と思われるかもしれないが、我らがメイス・ラビットの身長は四ガロを悠に越す。

 蚤とかは自分の大きさの何百倍飛ぶらしいので、まあ、自重の問題があるんだろーが、それでもメイス・ラビットはそういう問題をも軽々と飛び越している。

 さて、そういう非常識なうさぎ娘の背中に詰まった俺は常識的なレタスであるのだが。

 はてさて。んー。

 いま、木々の隙間から見える夜には、月の姿はどこにもない。以前は思わず向かって遠吠えでもしたくなった新月だが、今では状況は百八十度……一応、好転しているわけで、それを考えると新月の夜にナップザックに入っている俺というのは、いろいろと矛盾がある事柄なことは確かだ。

 えーと、話を整理すると俺は昔は新月の夜はナップザックに詰まっていられて、月の夜はめでたいことにナップザックに詰まっていられなかった。今はそれが反対になって、新月の夜はめでたいことにナップザックに詰まっていられなくなり、月の夜はナップザックに詰まっていられてしまう。

 ややこしい?

 じゃあおいといて、ここをさかのぼると話は結局。

 心ない仲間に笑われて、こんなパーティ出てってやるっ! と俺が何度目かに発奮した家出への欲求に従って仲間たちの間から飛び出したことから始まる。

 グレイシアが神殿にごめんね、と戻っちまったあと、俺の心の支えはカールだけだった。が、カールも一応がんばってくれてるのはわかるんだが、いかんせん口下手だ。そいで結局リットに弱いんだあいつは! リットとライナスが俺いじりのツートップな以上、カールはたいして抑止力にならん。

 というわけで、血も涙もなく笑いだけはあふれまくった非道パーティから抜けて二週間。またか、という目で見てきたメイスは月夜に俺をナップザックに入れて、上記の要領でぴょんぴょんと運んで、たどりついたのは以前一度だけやってきた、人里からものすっごい離れたそりゃあもう殺風景な名もなき禿山の中腹にあいた洞窟だった。

 そこはとある凶悪魔導師のねぐらであったりした。

 前にして呆然とする俺を前に、メイスはあっけらかんに、だってこういうときは「実家に帰らせてもらいます」という風にするんでしょう、と言ってきた。うん、全然違うな?

 誰だ教育係、俺だよ、という虚しい葛藤の後、まあ、本当に俺の実家に帰られても困るし(叔父貴との約束など今のところ絶賛延期中だ)リットたちが見つけられないところという意味ではまず見つけられない場所であるし、俺も岩とか眺めて「仲間とは何か」あたりの哲学的思想を張り巡らすにはいい環境かもしれない、と自分を納得させた。

 入った洞窟にすえられた岩の寝台の上で、この家の本来の持ち主がどっかり座り込んでいなければ。

 出た。

 いた。

 在った。

 もうどう表現していいのかわからんが、黒髪の女魔導師はそこにいた。

 いや、むしろこの場所はそいつの家なわけで家主がいても当然いいわけだが。あー。えー。ともかくいた。

 そして数日間、俺は水汲みだの魚つりだの予定通り岩に座って「仲間とは何か」を考えたりな日々を送った。

 メイスは、以前来たときに発見したやたら深い隠し部屋に獲物を狙う目でにじり寄り、師匠が怒らないと見てとるともぐりっぱなしになって数日過ぎていた。

 俺とメイスがそういう風に過ごしている中で、肝心というか目に入れざるをえないコルネリアスはなんというか石像だった。ともかく岩作りの寝台の上を、動かない。壁にもたれて本に目を通しているときもあるが、それ以外はとまっている。半分身体を傾けているときもある。(しかしいつ前の体勢から移行しているのかはわからない)

 きつい切れ長の目はいつも開いているから、眠っているわけではないんだろうが、動かない。とりあえず食事もおいてみると、なくなってはいるが動かないし食べているところを見たことがない。

 その表情はぼーっとしているわけでもない。本当に石像だ。瞳孔がじっと固まっている。コルネリアスのその様には哲学しにきた俺も呆れるほどだ。人間、哲学者の素質でもなければ黙って何かを考え続けるには限度がある。まあこいつが口を開くといいことが飛び出たためしがないので、それもいいかと思っていた。

 そんな感じで各自ばらばらと言えばばらばらの、誰が聞いてもつっこみを入れるような、おそろしく奇妙な数日間だったが、不思議な均衡と静けさと共に何事もなく過ぎ去った。前から思っていたが、俺は適応能力だけは結構あるんだろうな、と思う。要は大雑把なだけなんだろうが。

 哲学的思索にも飽きがきて(俺に哲学者の素質はないようだ)近くの川に釣りに出かけても坊主で、暇にあかせて考えた結果、掃除でもするかと本棚の埃をはたきではらっていた最中。

 コルネリアスというのは、無口な奴だ。とつぜんスイッチが入ったように、わけがわからんことを早口で一気にしゃべることはあれど、たいていは黙っている。今回なんか俺たちが来てから今の今まで一言もしゃべらなかった。

 突然、背後でむくりと石像が身をおこした。この本ぜんぶ取り出して日干ししようかなあ、とか考えていた俺が気配に気づいて振り向くと、黒髪の女魔導師は寝台に腰掛けたまま、俺の方に身体ごと向き直っていた。

 いまひとつ年がわからない顔を(年を聞いたら笑うしかない奴だが)不機嫌そうに歪めて横に軽く振り、われらが元凶魔導師コルネリアス・ウィンパーは俺に向かって第一声を放った。

「貴様の顔が不快だ」




 そうして俺とメイスは森の中を駆けている。なぜ「月夜以外はレタスの姿」→「月夜以外は人間の姿」にまあ一応改善された俺のお笑い体質が全然戻ってないのかと言うと、もう甘かった、の一言に尽きる。背後でライオンが昼寝してるからって、はたき握っている場合じゃなかったんだよ俺は!

 思えば初めにレタスにされた時も、顔についてが動機のよーなことを言われた気がする。なぜ「レタス」なのかの答えは出たが(思い出すだけで眩暈がするが!)なぜ「人間外」に変えられなきゃいかんのかの答えはうすうす気がついていたが、顔か!

 そんなことをぐるぐる考えていると(なにしろレタスは考えるか寝るか以外はすることがない)急にぐうんと強烈な落下の感覚と共に柔らかな着地の振動がした。

「道がありますね」

 山腹を少しだけ切り開いて、獣道をもう少し大きくしたような、山道。気づくとメイスはそこに立っている。月明かりには照らされているが、もちろん夜なので他の人間の姿などは見えない。

「これが、道なのか」

「方向は間違っていないと思いますが」

 しかし、これ、ほんとにただの山道だなあ。この上に村があるとしたら物資とかどうやっては運ぶんだろうか。もちろん荷車なんぞ使えるような代物ではないし、ロバを使ってもやや傾斜はきついだろうに。

「煙のにおいが、します」

 煙?

 メイスは俺の返答を待たずに再び山道を駆けだした。考えるより登りきって確かめたほうがはやい、と言わんばかりに。体力馬鹿の思考回路だが、メイスに関しては確かにそっちの方が効率がいいかもしれない。メイスが言った言葉を証明するように、夜の中にかすかにあがる煙ときつい匂いが俺にも感じ取れるようになった。

 木々が申し訳程度に道を譲る山道は、メイスの足ではすぐに終わった。茂みや葉影の隙間から見えたのは、小さな盆のようになった平地にこじんまりと広がる村と、眠る軒と、もくもく煙をあげている手前にある一軒の家だった。

 明らかに夕餉の準備的なものではなく、シンプルな木造りの屋根には火が踊っている。そこだけがひどく明るく、家々の濃い影が足元まで伸びてきていた。

「メイスっ! ありったけの土、持ち上げろ!」

 メイスの手と口がすばやく呪を唱えると同時に、周囲の土が地面をえぐってごっそり持ち上がる。それは雲のように空中で集結して火が踊る屋根の上に巨大なかさのように広がった。その下で火の色も心なしかあせたように見える。そして土は一気に火におどりかかり、黒い砂の下にあっさり押しつぶされて、ついえた。

 砂まみれになって夜の中にいっそう黒ずむ屋根に、はっきりと突き立っている、棒のようなものが見える。その正体を悟って俺は舌打ちした。

 たどりついた村はきな臭いどころか炎上中だ。ああまったく。

「火矢ですか」

 同じものを見ていたらしく、メイスはつぶやく。

 火の手があがっても火を消しても猫の子一匹飛び出てこない静まりかえった村の中。けれど家々の中から押し殺した息遣いと様子をさぐる気配がぷんぷん漂ってきやがる。

 ともかく小さな村だ。なんでこんなところに作ったのかと思うような、細い山道をたどっていく山頂付近。おそらく木々や斜面を少しずつ削ってこしらえたのだろう。軒はせいぜい十数戸。多分ほとんどの人間が森からとれるなんらかの恩恵で生計を立てているのだろう、村。それが俺を昼も夜もレタスに変えてくださった元凶魔導師が俺とメイスを向かわせた村で。なんでこんな小さな村にわざわざやってきたかと言うと―…。

 そこでふと、静まり返る村の中に、カタンと戸が開く音がした。火の手をあげていた家の戸がすうっと指三本くらいの隙間をあけている。そこからひとつの目がのぞいた。

 けれどその目が慌てたように引っ込む。少しの間、家の中で何かを言い争うような声が続いた。それからがらっと思い切ったように一気に戸はあけられた。慌てたような静止の声が入ったがそれは言葉半ばでとまった。

 戸口から現れた二人は、こちらを見てぽかんとした。けれど俺とメイスもその半分くらいは驚いたろう。

 現れたのは、まだメイスの肩ぐらいの背しかない二人の子どもだった。一人は腰まで髪が長く、スカートをはいて、もう一人は耳の辺りで髪をばさりと切って短いズボンをはいているので、男と女なのだろうが驚くほどその繊細な顔つきはよく似ている。

 しかし、しかし。

 似ている二人に驚いたのではない。広い世の中には似ている姉弟や双子など多くはないが、珍しくない程度にはいるだろう。膝まで届く長い髪、耳のところできりそろえた髪。驚きに見開いた合計四つの瞳。そのすべてが、恐ろしいまでに鮮やかな緑、緑、ただ緑で――。

 言葉を失う。

 がたん、がたんと戸が開く音がして、周囲の家々からいつの間にかゆらりと村人らしき奴らが姿を見せていた。さっと一瞥してそこにあるただ緑のそれに言葉を失う。

 森の村レスト。どこだそこは、という顔をした俺たちにコルネリアスは淡々と命じた。

 正体不明の奇病が流行っている――その原因を突き止めろと。




 高い山の頂に降る雪のようなメイスの髪と赤い瞳は相当に目立つ。しかし、目の前のテーブルにつく双子のそれにはさすがにかなわなかった。二人とも繊細な顔立ちをしているせいもあり、森の妖精か精霊だと言われるとそうだろうな、とうなずいてしまうような異質さと異様さがある。

 緑の目なんかわりと珍しくないかもしれないが、この子どもの目は違う。まるで絵心のない奴が同じ色でべたっと塗りつぶしてしまったように、光にあたっても闇をかぶってもまったく色合いが変わらずに、人形のように凝っている目だ。瞳孔が動く様も見られずに、縫いとめられている。

 二人の子どもは俺たちと机を挟んだ向かい側の正面に向かって仲良く並んで座っていた。

 姉の方は同じ目だが、心なしかそれが潤んでいる。感謝の面持ち、というのが適当か。瞳のせいでやはりなんだか不具合な感じがするが、顔つきは普通なのでおそらくそんな表情なのだろう。対照的に弟の方は吐き捨てたいような忌々しそうに顔をゆがめているので、やはりそういう表情なのだろうと思う。

 カースリニ大神殿から奇病調査のために派遣された巫女。

 という嘘を一通り名乗って、向こうも自分たちは双子の姉弟で姉の名前がアンリ、弟がカイと名乗った。現在、姉の方は嘘をころっと信じたらしく、うれしそうにメイスを見やり、何度かうなずくような仕草を見せたあと。

「そうですか」

 とつむいだ声も嬉しげで、まあひどい嘘をついているわけではないが、さすがにちょっと後ろめたいなーと思う。質素な服をまとっているが、将来は美人になるだろう。胸に下げた白いブローチがわずかに洒落っ気を出している。それを揺らして姉ちゃんは身を乗り出した。

「ありがとうございます。私たち、途方に暮れていたんです。なにしろ――」

「姉ちゃん、いい加減にしてよ」

 感激する姉の声を非常に嫌そうな声がよぎった。見ると姉の横に腰掛けた弟が肘をついて顔を年に似合わぬ苦さにゆがめていた。

「ちょっと考えたらわかるじゃないか。こんなガキ一人を大神殿が派遣するもんか。かたりだよ、かたり。嘘ついて人の家まであがりこんでくるような奴らの魂胆なんてどうせろくなもんじゃない」

 まあかたりなのは確かだから的を射たことを言って弟はメイスを皮肉げに見やった。

「おあいにくさま、この家には値打ちものなんてひとつもないんだよ。わかったら――」

 びしゃりっと、頬を張る音と共に、緑の弟は椅子から真横に吹っ飛んだ。弟は凄い勢いで顔から床に激突する。え。転がる弟の前に、姉ちゃんは顔を赤らめて仁王立ちになった。

「ばかっ、この人たちがかたりならどうしてうちなんか選ぶの! 考えてみるのはそっちよ! 私たちがこの姿になってから誰がこの家に入って私たちと同じテーブルについてくれたの? ばかっ、カイなんてもう知らない!」

 げしげしと足が正確にみぞおちに食い込んでいる。ぐふっ、ねえ、ちゃん、と弟の身体がはねる。

「ちょっ、ちょっと待った!」

 あまりにシュールな光景に俺が声をあげると、姉ちゃんはぴたっと止まり、顔だけはガードしていた弟までえっ、と顔をあげた。姉ちゃんはまずメイスを見て、それからその視線を俺に移す。みどりのひとみ。姉ちゃんは小首をかしげてつぶやいた。

「ようせいさん……?」

「えっ!」予想だにしない一言に思わず声を出す。この姿でしゃべると色々言われたもんだが、妖精うんぬんは初だ。「い、いや、そのなんつうか、俺はもともとは人間だったんだけど……」

「カイっ!」

 俺の言葉を聞くなり、涙を散らして姉ちゃんは床に転がって俺を見ていた弟の襟首をつかみ上げぶんぶんと振った。弟の細い首ががっくんがっくん前後に揺れて折れそうで怖い。いや、なんでだ。水を飛ばされた雑巾のようなぼろぼろの弟を、ようやく姉ちゃんは揺さぶる手を止めて、顔間近でにらみつける。姉ちゃんの緑の瞳からぶわっと涙があふれる。

「あんたって子は! たかだかこんな病気くらいでへそまげて! 外から来る人をかたりだなんて侮辱して! 見なさい! 謝りなさい! 這いつくばって僕が屑でしたと言いなさい! 世の中には、世の中にはあんな言うにも憚られるような大病をわずらって変わり果てた姿になってそれでも立派に生きている人がいるのよ!」

「――……」

「あんな愉快でっ、痛快で、野菜市場に行くのが他人事ながらちょっと心配で、私だったら三日で世が儚くなってしまうような姿になって初恋の人とから見られたらもう滝つぼ直進コースの人生を送って親しい友達とかに笑われたらもう山の中に引きこもり確定のびくびくした日常に普通に考えたら絶対人前に出て行けないようなあんな丸まった丸の丸わかりのまるで恥ずかしい姿に――」

「姉ちゃんちょっと! 心の芯が折れそうだよ、あのキャベツっ!」

 襟首をつかまれながら弟が必死に叫ぶ。

「キャベツじゃありません。レタスです」

 メイスがはじめて口を開く。

 ……。

 ……。





 ぐれてやる。

 十四歳だったら盗んだ馬車馬で走り出して、いっぱしの街道沿いの悪党とか義賊とかになれていたかもしれない。

 しかし、今現在の俺は、そんな若さも元気さもなく、ただ膝を抱えて(気分で)お星様を眺めて切ない夜をただすごしていた。夜の中でレタスの葉にきらりと雫が光っていたら、それは夜露じゃなくて変わり果てた男の涙だと思ってくれ。ああ、この世って無常だな。

「レザーさん」

 背後のドアが開いて、メイスが入ってきた。目の下にくまができている。一晩を部屋をかしてもらって過ごし、今、窓から入ってくる光は白い。朝だ。やや疲れたような顔をしたメイスは反応しない俺を見てちょっと首をかしげた。

「眠っているんですか?」

「眠れなかったよ……」

 その言葉にメイスはどうやら俺の心情を悟ったらしく、赤い瞳をちょっと見開いた。パーティから家出したときと同じような表情が広がり、それからふうと息をついて消した。

「一晩中ですか」

 忘れてるかもしれんが俺は今パーティからの傷心家出中なんだよ。あんまりあれだとぐれるぞっ、がんばって!

「確かにアイデンティティやらなんやらの問題はあったかと思いますが――」

 寝不足でイラついているようだが、メイスは珍しく切って捨てなかった。組んだ腕の腹をとんとんと指で打ちながら

「キャベツに間違われたことは――」

「そこじゃねえよ」

 なんで俺のアイデンティティが緑黄色野菜の種類についてなんだよ!

 ならどーでもいいじゃないですか、とメイスが言った。そしてふう、と疲れを凝縮させたようなため息をもう一度漏らす。俺が必死に心の傷を抱えている頃、メイスもぐーすかねこけていたわけではない。とりあえず、姉と弟から血液と唾液を採取して、なにやら必死に調べていたようだ。明け方近くには結論が出たのかペンでがりがりと羊皮紙を削る音が聞こえてきていた。

「レザーさんと違い、一晩かけて私が研究しまして出た結論です」

 メイスが俺の載っていたテーブルに変な羊皮紙をばんっとおいた。細かい文字でびっしりと何かが書き付けられている。

「この方法しかないと思われます」

 さすがに目の下のくまと時間がかかったろう成果をつきつけられては、俺のレタスの芯もぽきぽき威勢がなくなる。仕方なく傷心をおいといて、俺は身体を傾けて羊皮紙を見た。レタスのどこに目があるのかは――以下略。

 なにしろ魔術の構成式か何かだろう。門外漢の俺にわかるかなーと目を通し――……。

 初めから終わりまで三回通しで読んでから俺は顔を(レタスのどこに顔が――以下略)あげた。

「……メイス」

「はい」

「なんだ、これは」

「読まれたとおりのものです」

「……――お前の師匠の悪口が延々と書き連ねられているだけの代物に見えるんだが」

「私の師匠の悪口を延々と書き連ねたものです」

「……」

 だめだ。寝起きのせいだろうか、メイスと話が通じない。

「簡潔に、わかりやすく、これを使ってどういう風に奇病に対処するか説明してくれるか」

「これをお師匠様がいる方角に怒鳴りまして、殴りにあらわれたところを確保して病気を治させます」

 あ。論理的だな。うん。……。……。

「なおせないのか?」

「無理ですよ」

 メイスが顔をしかめて言った。私は治癒術すら使えないんですよ、とも。

「それこそ本当にカースリニ神殿の精鋭を集めて研究しないと。朝の魔術士の属性であることは確かですが、単にその分野の使い手が朝の魔術士の分類に入るだけという話で私はもともと門外漢なんです」

「……」

 まあ。そうかもしれない。メイスは――どうやらちょっとコンプレックスに思っているらしいので言わないが、魔術士のレベルとしてはそう抜き出たものではない。いや、多分、ほかの使い手と比べるとスタートがあまりに違うので(数年前はこの娘は、言葉もしゃべれなかったんだ)そういうところから出る差だと思う。ともかくそんな奇病をほいほい治せる使い手などたとえいたとしてもごく少数だろう。

「大丈夫ですよ」

 黙って考えていた俺にメイスが確約した。

「カリスクさんが入っていたときはそれは見事な木霊でお師匠様を」

「やめろよっ!」

 魂からの叫びというのは自分自身意識していないときに飛び出るらしい。

 ドアが開く音は俺のその叫びとかぶさっていたが、まったく違う質の音だったので俺にもメイスの耳にも聞こえた。そちらを見ると、開いた隙間の低い高さに緑の目があった。その目はにっとふてぶてしく歪み、ドアを開けて髪が短い方――弟が入ってきた。

「おはよう」

 短い挨拶の後、弟は言った。「病のことは何かわかった? カースリニ大神殿の巫女殿」

 年のわりにはちょっと刺々しさが強いな、と思う。本味に嫌味をつかい隠し味に嫌味をまぶし嫌味の油で揚げたような言葉だ。

 しかしメイスは何も言わなかった。視線はすぐに素通りして俺に戻った。言葉に詰まったというわけではなく、相手にしない沈黙。メイスは人間相手にはあんまり腹を立てない、というか本気で向き合わないところがある。

 あと十年もしたらいっぱしのニヒリストになったかもしれないが、今は所詮格が違った。坊主の顔にカアっと血の気があがる。

「しかしだな、メイス。呼ぼうと思って悪口言って万一それで来たとしても殴って帰るだけだろ、あいつ」

「話の持っていきようですね。お師匠様はやっぱり奇病解明はしたいのだと思いますし、今のままではさっぱりわからないという状況を殴られて帰るうちに殴られながらでも伝えると」

 連続コンボでぼこぼこにされ血を吐きながら用件をうめく自分とメイスの姿が浮かぶ。なんだその壮絶な状況は。

「……他に手ぇないのか?」

「レザーさんがカリスクのふりをしてお師匠様に愛の告白を」

「死んでも嫌だっ!」

「私も嫌です」

 メイスがちょっとむっとして言って――それからまた顔をあげた。

「でも不思議に効くんですよ、あれは」

「いや、そりゃ……いくらあいつでも嫌だと思うぞ」

「お師匠様が頭を抱えてうずくまった姿なんか初めて見ましたからね。よっぽどお嫌いなんですかね」

「――……いや、そういうわけでも、多分ねえんだろうけど」

「じゃあ、好きですか」

「……」

 メイスの口から出てくるとは思わなかったが、多分、まあ。それに近いんだろーなー。好かれて幸福だった、らしきことも奴の口から俺は聞いている。それは聞いていないはずのメイスがふうとため息をついた。

「人格破綻者同士何か通じるものがあったんでしょうね」

 いや、片方俺の先祖なんだが。しかもお前の顔、それの嫁の顔だぞ。

 この話題は多分双方痛いはずなので、うーんと思う横でオイっ! と誰かが怒鳴った。って坊主だが。顔を向けると真っ赤な顔をしている。俺はメイスをまた見る。

「もう少し、粘ってみますか」

「でもお前、自分で調べつくしたんだろう」

 メイスは結構、何もしないで愚痴を言うタイプではないのだ。

「体液や血液からわかることはすべて。ですが、もうひとつ心当たりがあります」

「なんだ」

「感染源です」

 誰かが息を呑む音と共に、ドアがしまりばたばたと遠ざかる足音。

「……ちょっといじめすぎたかな」

 メイスはそういう意識すらないようだ。あんまかみつかれすぎてもあれかな、と思ったから無視してみたけど、可哀想だったかな。坊主はあれで昨日(思い出したくもない)俺をかばってくれたしな。

 それに昨日聞きそびれたが、まだ屋根に突き立っているだろう、火矢。閉鎖的な田舎村の奇病だ。ぬっと現れた村人は何も言わずに家々に引き下がり昨夜は何事もなく過ぎ去ったが、いろいろな面に気をつけとかなきゃいけないだろう。

 とりあえず姉ちゃんの方にでも昨日の火矢の心当たり聞いとくか、と俺が思った瞬間だった。ドアが開いて今日も印象的な髪をたなびかせて、その姉ちゃんが入ってきた。メイスにじっと瞳を注いでいる。

「――弟から話を聞きました」

 妙に低い声だった。

「本当……。なんて」

 口ごもったように一旦言葉を切って、そこで姉ちゃんは両手を組み合わせて涙を溜めた目で見上げてきた。

「お礼の言いようもありません。山に行ってくれるなんて! 母ちゃんを探しに行ってくれるなんて!!」

「え?」

 俺はつぶやいた。山? 母ちゃん? 唐突な単語にわけがわからないまま、姉ちゃんは感動の面持ちでメイスの手をぎゅっと握り、その後ろから現れた弟が非常にぶすっとした顔を向けていた。




 母が山に入ったのは二日前のことでした――

 アンリ姉ちゃんの話の皮切りはそんな文句だった。

 お前らもっと早くにそのことに気づけよ、と言われるかもしれないが、メイスはともかく俺は考えたよ。というか一番最初に思い当たって最悪な結論がちらついたから封をしたんだ。俺の両親だって流行り病で仲良く早世したくちだし。

 しかし両親を奇病でなくしたばっかり、とかだったらさすがにこの双子はここまで平然としているわけはないだろう。ただ父親のほうは亡くなっているらしい。ただし、今回の病とは何の関係もないらしい。

 そう、森の中の村の家に二人きりしかいないこの双子には、きちんと保護者がいた。実の母親、という。

 なんで病気の子供を家においていないんだとか色々疑問は出るが、そこはゆっくりこの村の状況を振り返ろう。

 緑葉病。

 突然前触れもなく高熱を出して、その熱が引いたときには瞳も髪も、山の緑がそのまま乗り移ったような緑そのものに変色している。およそ病と呼んでいいのかもわからんような、確かに奇病中の奇病と言えるだろう。

 それに村ではじめにかかったのは、目の前の双子だったらしい。二人で山に野いちご摘みに出かけて戻ってきた晩に熱を出して寝込んだ。熱が引いた朝目覚めて互いの姿を見た双子の、そしてわが子を見た母親の心境はいかに、と思う。

「村の人たちは私達を見て山のたたりだと言ったんです」

「たたり?」

 聞きなれない単語に俺は声をあげた。メイスもはて、という顔をしている。

「もちろん聖母リディア神も信仰しているんですが、それとは別に私たちの生活はほとんど山に頼っているものです。そのために山を神と呼んであがめています。何か機嫌をそこねると山は恩恵を奪ってしまうと考えているんです」

 民間信仰の一種だろうか。しかしずいぶん受身な考え方だ。絶対依存というか服従とでも言う感じ。

「その山に入ったときに何かしたんですか?」

「……変わったことは特に。せいぜい、野いちごの枝にカイが指を引っ掛けたくらいです」

 メイスの目がその瞬間、少し大きくなった。そして口早に聞いた。

「ともかくあなた方はこの奇病は山の何かに原因があると考えているのですね?」

「多分……」

 伏せられるのはみどりのひとみ。髪と目。病と言ってもそれ以外に支障はないらしく、二人とも元気だけれど。

「母ちゃん――いえ、母は、それを信じて山に入ったんです。山の神さまのご機嫌をとるって、色々お供えをもって、たたりをとってもらうって」

 たたりってあんまりきかんが、とれるものなんだろうか。

 そう思う俺の前、姉ちゃんの横で弟が叫んだ。

「姉ちゃんっ!」

 俺たちに対しては斜に構えているが、姉に対してはそうでもない。その声にはどこか切羽詰ったような声色が混じる。

「もうよしてよ! 姉ちゃんっ! 姉ちゃんだってわかってるだろっ! 聞いてるだろっ!」

 弟の叫びは哀切すら混じっていた。けれど、俺たちの方に向かったまま、姉の表情は何ひとつも動かなかった。

「あっちに行ってなさい、カイ」

 冷たい声だ。およそ弟に向けるには不具合な。それにカイの顔がひくと震えて、弟は何も言わずにきびすを返した。……。

 ドアが乱暴に閉まる音と共に、姉ちゃんは普通そうにしていた顔を、少しだけ曇らせてうつむいたが、あげた顔はもう元に戻っていた。

「ごめんなさい」

「いや……」

「弟のことは、私がなんとかしますから。その、話を戻しますけど、母は山に慣れているので一週間やそこらは心配はありません。実際、五日くらいは入っている、って本人も言ってたんで……」

 俺はメイスを見た。メイスは俺を見ずに姉ちゃんを見たまま、行きます、と短く気負いなく言った。姉ちゃんは嬉しそうに緑の瞳を大きく見開く。

「ちょっと待て」

 この状況で口を挟むのは気が進まなかったが、仕方なく言うと案の定むけられる姉ちゃんの目が痛い。

「いや、行くのはいいんだ。ただな、ひとつ気にかかることがある」

「なんですか、レタスの妖精さん」

「妖精じゃない。昨夜の火矢だよ」

 口にしにくいな、と思っていたが、アンリ姉ちゃんは大して気にした様子もなくなんだ、という顔をした。

「あれなら心配ありません。よくあることです」

「は?」

「あれはその、なんというか。その、嫉妬、というか、ライバルというか……」

 嫉妬? ライバル?

 まったく「?」の連続だったが、姉ちゃんはいいじゃないですか、そこはもう、とごまかしにかかった。いや自分の家に火矢をかけられるのはいいじゃないですか、ではないと思うが。すると姉ちゃんは少し赤くさせてぼそぼそ口を開いた。

「あの、私たちが言うのもなんですが、母は結構若くてその、もてないこともないんで、前から村の女の人にやっかまれることがあってですね」

 前からあるんです、こういうこと。

 と言いにくそうに告げた。まあこの双子の母親なら、美人なんだろう。それで嫉妬とライバル? それにしても物騒だ。火矢はねえだろう、火矢は。

「その、今、母は結構やっかまれる相手にその、想いを寄せられていまして、それの反動があって……」

 そんなに美人なんだろうか。と男なんで俺もちょっと思った。しかし、動機がどうあれ、されたことは洒落でも嫉妬だったんですよ、でもすまないことだぞ、あれは。噛み合わねえなーと俺がなんと言っていいか考えてると、急にメイスがテーブルの上の俺を持ち上げた。

「結界でも張っとけばいいでしょう」

「え」

「媒介を作ってこの家に張り巡らしておきます。火矢ぐらいならはじけるはずです」

「お前、そんな技使えるのか」

 自分でも治癒系統は使えないといっていたし、防御系も使っているの見たことないが――……。

「三日ももぐっていましたからね、ひとつくらいは使えるようになりますよ」

 メイスは姉ちゃんに冷水を張った水桶を持ってくるように言う。

 あの数日間で、そりゃ相当貴重らしいが魔術書読んだだけで、新しい術を体得したというんだろうが。やはり劣っているわけではないよな。

 水に手をひたしてメイスは軽く呪を唱えた。俺も防御系の術はよくわからないんだが、メイスに聞くところわりとうまくかかったらしい。見た目は変わらないんでわかりにくいけど。ただ術の最中は結構それっぽいので姉ちゃんの感嘆の目が強くなった。

「これを持っていってください」

 村人がおきてくる前に行くかということになり、あまり家から出ないようにと言われて、戸口で見送ることになった姉ちゃんは首にかけていたペンダントを大事そうに外してメイスに差し出した。

「少し前に母が村の市場で買ってくれたものなんです。お守り代わりと母への目印になると思います」

 メイスは少し考えたようだが、結局何も言わず受け取った。しかし首にかける趣味はないらしく、ナップザックに落とさないように入れる。不安とうれしさが入り混じったような顔で手を振る姉ちゃんに別れを告げて、そうして俺とメイスが誰もまだ顔を出していない村を抜けて入り口にさしかかった。

 茂みが揺れる音と共に弟カイが飛び出したとき、お前家にいないと危ないだろ、と思いつつそんなに意外な気はしなかった。

「バカな奴!」

 ニヒリストはかなぐり捨てたのか、現れた弟は真正面から俺たちにくってかかってきた。

「のこのこ山になんかいったって、無駄足になるだけなのに」

 メイスがちょっと顔を動かした。俺は黙っていた。沈黙はともかくこいつにとっては辛いらしい。やりきれないように細い首を振る。

「母ちゃんは山になんか行ってない!」

 ふと、泣くかな、と俺は思った。叫ぶ弟はそういう目をしていた。

「どういうことだ」

「みんな言ってる! フィールド家のサラは病気の子供を捨てて男と逃げたんだって! 一人だけ病気にかかっていないから。あんなの信じてるのは姉ちゃんだけだ。山に入って僕らの病気を治すだって! みんな笑ってる。母ちゃんは僕らを捨てて町で男と暮らしてるんだ!」

 叫んで弟はこぶしをぎゅっと握りしめ、はあはあと息を切らしながらそこにうつむいて立っていた。そんなに歯を食いしばって。メイスは何も言わない。少しは息が整ったかな、と思って俺が声をかけた。

「で、どっちがいいんだ」

 弟が弱く顔をあげて、意味がわからない、という風に眉を寄せる。

「母ちゃんがお前らのために山に入っているのと、男と町に逃げてるの。お前はどっちがいいんだ」

 弟は顔をゆがめてばかげてる、とはき捨てた。

「お前らを捨てて男と町に行ってるのがいいのか」

「そんなの――……っ!」

 かあっと顔を赤くさせて、カイは喉を詰まらせる。「決まってるっ……! そんなの……っ。でも――」

「じゃあ、山に行く。山にいる母ちゃん呼んできてやる」

 カイは詰まった。やっぱりガキに意地悪すんのは趣味じゃないなあ、と思う。詰まったあと、カイの顔や肩やこぶしから力が抜けて、気弱そうに俺たちを見上げてキャベツ…、とぽつりと言った。

「キャベツじゃなくてレタスです」

「キャベツでもレタスでもどの緑黄色野菜でもない。俺の名前はレザーだ、覚えとけ。それで母ちゃんのことは、まかしとけよ」

 カイの緑の目が少しうるんだ。顔はまだ悔しそうにしていたけれど。

 しばらくして緑の前髪の影に顔をかくし、本当に小さくうなずいた



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